「おかあさんだから」が炎上するのに、西野カナの「Darling」はなぜ受け入れられるのか

「わたしおかあさんだから」という歌詞が炎上しています。

まとめると、「今どき、母親の自己犠牲を礼賛するな!」といったところでしょうか。
でも数年前、かなり親和性の高い曲が紅白で歌われるまで人気が出ています。

旦那(彼)が脱ぎ散らかした服を集めるのが幸せ?

それが、西野カナの「Darling」。
同棲か結婚したてのカップルを彷彿とさせる歌詞です。
子どもは出てこないけれど、「彼(夫)のために尽くすのが幸せ」というメッセージが込められています。
↓歌詞全文↓
http://j-lyric.net/artist/a04d733/l032513.html

一部を引用します。

ねぇ Dariling どっちがいい?
このスカートとワンピース
あー、今あくびしてたでしょ
ねぇ早く 出かけよう
待って! 携帯忘れたかも
あー、今ため息ついたでしょ?

いつか聞いたあなたの好きな
女優さんとは
似ても似つかないのに私
Ah なんで好きになっちゃったのかなぁ
あなたってほんと変わり者なのね
Ah こんなにもワガママ言える人は
星の数ほどいる中で ねぇ Darling
あなたしかいない

この辺りは、ラブラブっぷりが伝わってほっこりしますね。
でも問題は、以下のくだり。

ねぇ Darling ねぇ Darling
またテレビつけたままで
スヤスヤ どんな夢見てるの?
ねぇ Darling 脱ぎっぱなし
靴下も裏返しで
もー、誰が片づけるの?

リビングに服を脱ぎ散らかして、ぐうたらテレビを見ているうちにうたた寝……。
ダメ旦那のポテンシャルにあふれています。

今日もあなたの
抜け殻を全部集めなきゃ

今日「も」ってことはいつも、着ていた服(抜け殻)をポイポイとリビングに置いているということですよね。常習性が高いのもタチが悪い。
子どもが生まれたら、この旦那は完全に妻に疎まれ、嫌われます。

若い世代が昭和時代の女性像を好む不思議

この歌を最初聞いたとき、「今の若い子でもこんな歌詞に共感するんだ!」と驚いたものです。
完全に昭和時代の女性像じゃないですか。
若い世代には受け入れられている自己犠牲的な生き方が、なぜ現役のママから総スカンを食らうのでしょうか。

21世紀の今も、「女性は家族のために生きるのが幸せ」という価値観が根強く存在します。
しかもそれは、それは知らず知らずのうちに刷り込まれている。
だから現実を知らないうちは、Darlingのような“理想的な”女性に憧れてしまう。

でも子どもを生み育てるという超現実的な事態に直面したとき、理想像通りにはいかないことに気づき、多くのママが悲鳴を上げています。
そんなときに「おかあさんだから、あれもこれも我慢するのは当たり前よね」なんて歌が流れてくる。
しかも、有名な絵本作家と元・歌のお兄さんという、子育ての強力なサポーターともいえる立場から。
反発して炎上するのは当然でしょうね。

子どもへの刷り込みをそろそろやめよう

今回の炎上は、枝葉の部分。
幹の部分の「母親の自己犠牲は美しい」という価値観を変えていかない限り、似たような騒動は続くでしょう。
「おかあさんだから」のような歌を排除するのもひとつの方法です。
「かあさんが夜なべをして手袋編んでくれた」という歌も、個人的にはやめてほしいですね。
「睡眠時間を削る」「手づくり」という、自己犠牲の権化のような歌じゃないですか。母を想う気持ちを歌うのは素敵だけれど、教育として押しつけられるのは嫌です。
今も小学校で習うのかしら? 
ちなみに私は編み物が趣味なので、好きこのんで夜なべして息子の手袋を編んでいますが(笑)。

でもいちばんの対策は、母親が犠牲になるのをやめること。
そうしないと、娘は「ああならないと」、息子は「嫁さんにああなってもらわないと」と思ってしまう。
生きづらい社会の再生産を止められるかどうかは、私たちの生き方にかかっています。

……って考えると、好きなことをやったり遊ぶのに抵抗感がなくなりますよ!
私もまだまだ古い価値観に縛られていますが、少しずつ変えているところです。