“子なし”と“子あり”が対立するつまらない理由

自分のほうが大変だと思いこんでいるから。

ネット上では、育児に悩む母親に対して「勝手に生んだんだろ」「自己責任」などの言葉が浴びせられます。
それに対する鉄板の反論は、「うちの子が、子どもがいないあんたらの老後を支えるんだ」。
この不毛な水掛け論を見ていると、うんざりします。

自分だけが苦労し、他人はズルをしているという錯覚

母親側の発言には、「子育ての苦労も経験せずに老後をのうのうと過ごすのが許せない」という気持ちがにじみ出ています。
一方、批判するサイドには、「運賃払わないくせにベビーカーを電車に乗せたり、出産や育児で仕事の穴をつくるのが許せない」などの背景が感じられます。

表面的にはまったく違う言葉ですが、根底にある感情は同じ。
何だと思いますか?

そう、「ズルい」です。
「自分はこんなに大変な思いをしているのに、あの人は楽をしている」という、思い込みがあります。

現実には、誰かが一方的に負担を強いられているわけではありません。
「私の子が、子育てしてこなかった人の老後を支えるのはおかしい」とは言うけれど、私たちの子どもは現役世代に支えてもらっています。
公立学校や予防接種が無料なのは、親を含む誰かが納めた税金や社会保険料のおかげ。その中には、当然子どもがいない人の負担も含まれます。

逆に、子どもがいないのに他人の子どものために税金や保険料を納めたのだから、老後を保障されているのは当然という考え方もアリです。
それに子どもが将来、生活保護などを受ける可能性もあります。必ず社会を支える側に回れるとは限りません。

結局、「子どもが老後を支える云々」は大きな問題ではなく、相手がズルいことを説明する手段にすぎないのです。

最大の防御法は、ネットを見ないこと

社会が子育てや子どもに冷たいと言われますが、単純に「自分だけが苦労している」と社会全体がギスギスしているだけではないでしょうか。
大抵の人が仕事で疲弊をしているので、専業主婦や仕事に120%の時間を割けないワーキングママと子どもがたまたまターゲットになるだけで。

社会をすぐに変える方法はありません。
一番の解決方法は、批判的なネットの記事を読まないことです。
ネットの悪いところは、本来必要のない情報まで入ってきてしまうこと。わざわざ敵陣に丸腰で突っ込まなくても、ちゃんと生活できます。

蛇足ですが、何年か前のセンター試験の世界史の中に、「20世紀初頭、インターネットが普及しはじめた」という趣旨の選択肢があって1978年生まれの私はぶったまげました。
これは、社会にネットが完全に浸透している証。自分なりのネットとのつき合い方を確立しないと生きていけないなと思い知りました。

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