子どもはかわいいのに、育児がつらいのはなぜ?

感情を共有する相手がいないから。

私はいま、“孤育て”真っ只中。旦那は不在がデフォルトで、とにかく疲れます。
今までずっと、孤育てがつらい理由はタスクが多いからだとずっと思っていました。
でも実は、本当の原因はメンタル的なもの。
それを教えてくれたのは、魔の2歳児でした。

イヤイヤ期はみてみて期

魔の2歳児といえば、イヤイヤ期。
この時期、イヤイヤ以外に増えるのが「みてみて」です。

虫を見つけたら「みてみて」
プラレールでコースをつくったら「みてみて」
新しい靴下を買ったら「せんせいにみてみてする」
楽しいお出かけをしたら「せんせいにみてみてする」(保育園の先生に報告する、の意)

自分の感情を伝えたい。
これは、人間が持っている本能的な欲求かもしれません。

以前読んだ写真撮影のガイド本にも、「写真はメッセージ。この世に自分しかいなかったら、写真なんか撮らない」という趣旨の一文がありました。
確かに、SNSに写真をアップするのは誰かに「みてみて」したいからですよね。

映画デートも、実は「みてみて」したいから。
ひとりでも彼氏と一緒でも結末はわからないのに、一緒に観るのは感想をシェアするためです。

ママだって、パパに「みてみて」したい!

子どものかわいさや成長も、誰かに、特に旦那に「みてみて」したいもの。
たとえば私の息子は「でんでんむしむしかたつむり~」の歌を、なぜか「てんとうむしむしかたつむり~」と歌います(笑)。
これがかわいいので旦那も聞かせたいのですが、家の中を見回しても誰もいない……。
結局、「かわいいね!」と一緒に喜びたいのに、「かわいいなあ……」心の中でひとりごちで終了。
せっかくの楽しみが半減してしまいます。

それに、楽しいことと同様に、つらいことや大変なことも共有したい。
せっかく作った食事を全部残したとか、どれだけ言い聞かせても電車で騒がれて肩身が狭かったとか。このストレスを伝える相手がいないと、自分の中にたまりにたまる一方です。

孤育て中は、嬉しいことも悲しいことも全部ひとりで消化しなければなりません。
よく結婚とは「悲しみは半分、喜びは倍」と言いますが、孤育て中は「悲しみは倍、喜びは半分」。
喜びが悲しみを上回り、「子育てがつらい」と思うようになってしまいます。

「つらい」や「孤独」はスキルや愛情の不足ではない

「子どもといるのがつらい」と考えること自体が、「母親なのにこんな考え方で……」と新たなつらさを呼びます。
だから私は、愛情とか母性とはフワフワしたものは横に置いて、「なぜつらいのか」を理屈で考えるようにしました。そうすると、今回のように「感情を共有する相手がいないから」という答えが出て、無駄に自分を責める必要がなくなります。

たまには、人のせいにしてもいいですよね。

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