「子育ては苦労すべき」という意味不明な重圧は無視しよう

今、来年の4月に息子を入園させる保育園or幼稚園を探しているところです。
すると先輩ママから、「手作りを強要しないところがいいよ!」とアドバイスをもらいました。
たしかに近所にも「保護者にも積極的に保育に関わってほしい」という理由で手作りの通園グッズのみOKにしている保育園があります。仕事している人にとっては、かなり面倒ですよね……。
園舎のサイズに合わせたものを用意してほしいという意図もあるようですが、“手作り=愛情”という考えも根強い。
確かに手作りは愛情表現のひとつですが、第三者が強要するものでしょうか?

根性論と親和性が高い”手作り信仰”

手作り信仰が根強いのは、日本人が好きな根性論との親和性が高いから。「時間と労力をかけるのがエライ」という風潮があります。
たとえば残業していれば「がんばっている」と評価され、定時に帰ると「やる気がない」とみなされるナゾの人事評価。こうした考えは、子育てにもあります。
「楽をしてはいけない」という考えがベースにあり、出産時から「陣痛の痛みに耐えてこそ母」と帝王切開をディスり、産まれたら「母乳が出ないのは愛情不足」と身体機能と精神論を混同し、「3歳まではそばにいろ」とエビデンスのない3歳児神話が登場する……。
「通園グッズは苦労して作るべし」という発想になってもおかしくありません。

さらに手作り信仰の根底には、「母さんが夜なべをして手袋を編んでくれた~ 木枯らし拭いちゃ冷たかろうとせっせと編んだだよ~」というアノ歌があるのではないでしょうか。
確かに、寒がる子どものために睡眠時間を削って編み物をする母の姿は美しい。
でも今は、時代が違います。
木枯らしが吹いたら、ユニクロに行けばいいんです。

時代とともに、残すもの、捨てるものを選別しないと窮屈になります。
「そんな時代遅れなこと、やってられるか!」と突っぱねる強さが、ママには必要ではないでしょうか。

普通に子育てすることは、立派な愛情表現

ちなみに私は、手作りが大好きです。妊娠中から子どもに何を作ろうかワクワクし、ニットやロンパースじんべいを作りました。
ロンパースじんべい

子どものために手作りをするのは、本当に幸せな時間です。来ている姿を想像しながら針を進めるのは楽しく、母親の自覚が強まる思いでした。もし入園する保育園や幼稚園から「通園グッズは手作りしてください」と言われたら、喜んで作ります。

でも、手作りで幸せを感じられるかはその人次第。
場合によってはストレスになります。

食事にも手作り信仰が根強いですが、長い目で見てバランスが取れていれば外食でもお惣菜でもいい。
それに、子連れでお惣菜を買うのも外食するのもラクじゃありません。スーパーやレストランで、子どもを抱っこしたり走り回らないように注意するのも一苦労。独身者がフラリとコンビニ弁当を買ったりラーメン屋に立ち寄るのとは、全然違います。

この前、久しぶりに旦那と二人で外食したのですが、「行こう」と決めた5分後に家を出られたのに感動しました。
小さな子どもがいるだけで、ひとつひとつの行動に何倍のもの時間と労力がかかるもの。子どもと一緒に行動するのが当り前になっていたので、すっかり忘れていました。

無理して手作りなんてオプションつけなくても、普通に子育てしているだけでママはすごいんです!

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